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インド経済史

 1991年の経済自由化以降の簡単な年表です。ご参考にどうぞ。

年表
1991 経済危機。
ナラシムハ・ラオ首相就任。
新経済政策(NEP)の実施。
1996 国連がCTBT(包括的核実験禁止条約)を採択。
インド・パキスタンは署名せず。
1998 インド・パキスタンが相次いで核実験を実施

 1991年の経済自由化以前のインドでは、混合経済体制のもとで経済活動が行われていました。 混合経済体制というのは、公共部門、民間部門、共通部門から成り立っていますが、経済開発は公共部門が主導していくという経済体制です。

 公共部門を形成する公企業には非効率な経営による赤字企業が少なくはありませんでしたが、政府はそういった企業も潰さずに救済措置を取り続けます。 この財政負担は非常に大きなもので、財政赤字拡大の大きな要因となっていきました。

 また、過度の経済規制のために国内産業は国際競争力を失い、輸出も伸び悩み、経常赤字の拡大へとつながっていきます。

 そういった状況下で起きたのが1991年の経済危機です。 この経済危機は、1990年の湾岸戦争による原油価格高騰を機に起りました。

 原油価格が高騰したことにより貿易収支が急速に悪化し、さらにそれを嫌って、印僑(NRI)が預金を一気に引き落としたことが原因です。 このときの外貨準備高は2週間分の輸入をまかなえる程度(11億ドル)しかなかったということです。 さらに、IMFやインド支援国がインドへの融資の延期を決定したため、インドはデフォルト寸前にまで追い込まれることになったというわけです。

 以上のような経済危機を契機に、インドは本各的な経済自由化に乗り出します。 そして、そのために策定されたのが新経済政策(NEP)です。 1991年以前にも経済自由化を謳った政策は取られてはいたのですが、NEPほど本格的なものではなかったようです。

 また、1998年にはインド、パキスタンが相次いで核実験を実施しています。 もちろん、この核実験は印パ双方の牽制が目的です。

 そもそも、インド、パキスタンのカシミール地方を巡る対立は、1947年の英国からの独立にまで遡る古い問題です。 このことはそのうち改めて取り上げますが、印パの対立がインド経済にとっての大きな不安材料であることは間違いありません。 ただし、2004年には印パ両国を含むSAFTA創設の基本合意が達成されるなど、明るいニュースがないわけでもありません。 インドへの投資を考えるならば、今後とも両国の関係を注視していく必要がありそうです。
 
     
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